2010年1月29日金曜日

冬に起こらないように

北海道は冬が基本である。冬を重視して生活を整える。厚手の衣料は言うに及ばず、油をからめた濃い口の味付けも暖房効率を考慮した家屋も、そのためである。四季の長さは各々異なるにせよ一年一度は巡ってくるわけだが、意識の中心には常に冬があるような気がする。

北海道に来て納得できるようになった聖句に、「このことが冬に起こらないように、祈りなさい」(マルコ13:18)というものがある。神学上の意味は以前からだいたい知っていた。主イエスが語られた勧告だ。ユダヤがローマ帝国軍によって侵攻される時が来るだろうから、その時は一目散に逃げなさいと警告なさったのだ。それを各時代の人々は自分の世代に当てはめて、艱難が到来したなら着の身着のまま脱出するべきだと理解する。それが冬だったら逃げるのが大変なので、苦難が冬に来ないよう祈りなさい、と。

理屈は分かっていても、納得していなかった。夏でも冬でも大して変わらないじゃないか、逃げる気さえあったらなんとかなるだろう。わざわざ聖書にこんなことが書いてあるのは、なぜだ。

北海道に来てから、その小さな疑問が解けた。確かに冬は行動が遅れがちだ。空模様のちょっとした変化にも気を使わなければならない。だから私たちの主は微に入り細にわたり、そう祈るよう教えてくださったのだ。これを敷衍して、「穏やかな冬を過ごせますように」と祈ることも、私たちには許されているのではなかろうか。

イスラエルの冬は雨期である。普段は乾燥している低地にも水があふれ、徒歩での旅には支障を来たらす。北海道とは形が違えども、彼らも冬を意識しながら生活を整えていたのかも知れない。

2010年1月20日水曜日

今夜こそ

小樽日報を退社して釧路新聞での職に就く途中の1908年1月20日、石川啄木は曇天の旭川に立ち寄った。

「旭川に下車して、停車場前の宮越屋旅店に投じた。帳場の上の時計は、午後三時十五分を示して居た。」現在の西武デパートの辺りに当時は旅館が建っていたそうだ。

チェックインを済ませると、北海旭新聞社に勤める野口雨情を訪ねるも、あいにく留守であった。「流石(さすが)は寒さに名高き旭川だけあつて、雪も深い。」一直線の道に電柱が立ち並んだ様子を、「見るからに気持がよい」と評している。

名のみ知りて縁もゆかりもなき土地の
宿屋安けし
我が家のごと

旭川とは、アイヌ語でチュウベツ(忠別)と言い、チュウは日の出、ベツは川、日の出るほうから流れる川、それが旭川の語源だと同伴した議員から聞いたのは、この宿での夜のことだ。啄木が旭川で過ごした最初で最後の夜となった。

今夜こそ思ふ存分泣いてみむと
泊りし宿屋の
茶のぬるさかな

記者として勤め先を転々としながら放浪を続けるその胸中は、いかがなものだったか。今夜こそ思う存分泣きたいと思い立った地が旭川だったのは、なぜだろう。

翌朝は6時半発の汽車に乗った。「程なくして枯林の中から旭日が赤々と上つた。空知川の岸に添うて上る。此辺が所謂最も北海道的な所だ。」汽車は滝川を過ぎ、十勝を経て釧路へと向かったのである。

2010年1月15日金曜日

雪かきをしていると、犬の散歩の男性が立ち止まり、つぶやいて言う。「昨晩積もったよりも、これから降るほうが多いよ、この降り方だと。」

よくある会話だ。間をつなぐための常套手段は概してお天気の話。間をつなぐ必要のない散歩の途中でも、とりあえず言ってしまうのが日本人の性分である。そんなことぐらいで小休止をされたのでは、先を急ぐ犬にとってはたまったものではないだろうが。

「なるほど」と応答しつつも、私は疑心暗鬼だ。私の予感では、止みそうな気がしてならない。時には裏をかかれるという点でも、お天気は楽しい。案の定、1時間後には青空が広がった。

見慣れた光景である。教会の赤い屋根と空の色とがよく似合っている。風花が舞うのでカメラを構えるが、肉眼で見るほどには美しく捉えることができない。敷き積もった雪に身をゆだね、その柔らかさを背中で感じながら人々の優しさを慕う。流れ去る雲を眺めては、北の大地の広さを思う。いつも冬になるとこういう気分になるのは、なぜだろう。慣れには慣れたが飽きもせず、毎年毎年よくもまあ、同じようなことを考えるものだ。

『広辞苑』を引くと、「友待つ雪」なるシャレた言葉が載っていた。次の雪の降るまで消えずに残っている雪を意味する詩的な表現だが、当然のこと過ぎて、ちっとも使うに値しない。

粉雪 根雪 しばれ雪 涙も凍る旭川 春が近づき牡丹雪

案の定とは言いたくないが、数時間すると吹雪になった。雪かきの服装のままで、私は約束していた仕事のために出掛けた。うん、こういうのも冬らしくて悪くないじゃないか。

2010年1月8日金曜日

主の御顔

臨在の幕屋で「主は人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた」
(出エ33:11)。

それでもモーセは飽き足らなかった。主御自らが顔を合わせて語ってくださったにも関わらず、モーセは納得しなかった。彼は執拗に願い求める。「『お願いです。もしあなたがわたしに御好意を示してくださるのでしたら、どうか今、あなたの道をお示しください』」(13節)。それに対して「主が、『わたしが自ら同行し、あなたに安息を与えよう』」(14節)と約束なさっても、なお彼は主に詰め寄る。「『もし、あなた御自身が行ってくださらないのなら、わたしたちをここから上らせないで
ください』」(15節)。

モーセの要求は理に適っていない。主が行くと語っておられるのに、なおも「行ってください」と訴えるからだ。しかし、主はモーセを退けない。「主はモーセに言われた。『わたしは、あなたのこの願いをかなえよう』」(17節)。

そして、願いに応えて神がモーセに顕れる。先に顔と顔を合わせて語られた(恐らく御子なる)主ではなく、「『あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないから』」(20節)と言われる主、恐らく御父なる主が、モーセに背を向けて顕現なさった(23節)。しつこく、余りにもしつこく迫るモーセの元に父なる神御自身が下られたが、その御顔の栄光は隠されていたために、モーセは死なないで済んだのだ。

求めよ、求めよ、神を求めよ。あなたに適した配慮を神の側がなさった上で、あなたに神が出会ってくださる。

2010年1月1日金曜日

初めに

「初めに、神が天と地を創造した」という場合の「初めに」は、人間の目から見た初めにである(創世記1:1)。すなわち、それは神にとっての初めにではない。神は、それ以前から神でいらっしゃった。それ以前のことは人間には理解できない。それ以前は永遠の領域である。それ以前を理解できるのは永遠の御方だけだ。人間の立場に立って「初めに」と書き記すことを、神はお許しになった。

おそらく元来はキリスト教の用語であろう永遠は、仏教的な響きを伴う悠久とは若干意を異にする。『広辞苑』によると、どちらも「果てしなく長く続くこと」であるが、永遠には「始めもなく終りもなく」との修飾節が加えられる。それは、単に時間的な長さを意味するのではない。始めも終りもないのだから、時間を超えた価値観である。永遠なる神が時間をも創造なさった。文字通りの永遠とは、神を抜きにしては考えられない概念なのである。

主なる神は言われる。
「わたしは初めから既に、先のことを告げ
まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。
わたしの計画は必ず成り
わたしは望むことをすべて実行する。」(イザヤ書46:10)

神は時間に制約されない。聖書に描かれた歴史が人間の目には悠久に思われても、神の御目には一瞬であるのかも知れない。私たちの生きる現実が気の遠くなる長さに感じられても、神の計画で既に準備された終着点があるに違いない。

初めに―。それは、有限の被造物に永遠なる神が触れてくださった瞬間である。